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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)17号 決定 1973年10月22日

名古屋市千種区田代本通一丁目一三番地

申立人(原告)

水野正雄

右申立代理人弁護士

花田啓一

石川康之

藤井繁

郷成文

阪本貞一

長屋誠

右申立復代理人弁護士

高木輝雄

名古屋市千種区振甫町三丁目三二

相手方(被告)

千種税務署長

沖島実

右指定代理人

服部勝彦

坪川勉

酒井常雄

長谷正二

鈴木洋欧

右当事者間の昭和四三年(行ウ)第一七号課税処分取消請求事件について、申立人から文書提出命令の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立を却下する。

申立費用は、申立人の負担とする。

理由

第一、 申立の趣旨

原告は、

「一、 文書の表示

原告の昭和四〇年分所得に関して、当時の名古屋東税務署員佐々成勇もしくは同中山能男が調査(反面調査、取引照会、同業者調査など)をした結果得た文書ないし作成した文書の一切(以下本件文書と略称)。

二、 文書の所持者

被告(または名古屋国税局長もしくは名古屋法務局長)。

三、 証すべき事実

本件処分の具体的な根拠、理由が不当であること。

四、 提出義務の原因

民事訴訟法三一二条二号、三号。」

との趣旨で文書提出の申立をなした。

第二、 申立の理由

一、 本件文書は、更正処分の手続的違法(国税通則法二四条)の立証に必要な文書である。

二、 本件文書は、次のとおり民事訴訟法三一二条に該当する。

1. 更正処分ないしは更正処分により成立する債権、債務関係と密接な関連をもつ文書であるから挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書であつて、同条三号後段に該当する。

2. 本件文書は行政庁が更正処分を恣意的に行うことのないための制約として機能するものであること、調査の結果以上に不利益な更正処分を受けることがない利益を保障するものであること、また本件文書の内容は更正処分の結果に比して原告に有利なものと考える余地が十分にあることから挙証者たる原告の利益の為に作成された文書ということができるので、同条三号前段に該当する。

3. 本件文書は、行政不服審査法三三条二項により、原告が閲覧を請求することのできる文書であるから、民事訴訟法三一二条二号に該当する。

第三、 相手方の意見

一、 本件申立は文書の表示と趣旨の特定を欠き不適法である。

すなわち、民事訴訟法三一三条に基づく文書提出の申立をするにあたつては、同条一号、二号に明定するとおり、文書の表示および趣旨を明らかにして文書を特定するとともに当該文書の記載内容の大綱を開示しなければならない。けだし、提出を求めんとする文書の表示および趣旨が明らかにされないときは、同法三一六条の運用が不可能になるからである。

本件申立のように「調査した結果得た文書乃至作成した文書の一切」というのでは調査文書の範囲が定まらず、まして文書の趣旨は全く不明であるから、本件申立は不適法というほかない。

二、 本件文書は、更正処分の違法性の立証に必要な文書ではない。

更正処分取消の訴における審判の対象は当該処分により認定された所得額が客観的に存在するか否かの点のみであるから、本件文書は右の立証に必要ではないし本件訴訟の審理の対象と全く関連性がない。

三、 本件文書は、民事訴訟法三一二条に該当しない。

1. 一般に税務職員が税務調査にあたり資料を収集作成するのは、当該納税者に対する租税債権の存否や範囲が明らかでないため、その判断資料を獲得する目的でなされる準備段階の行為であり、調査結果が文書形式で保全されたとしても右の判断の資料とすべき自己使用のための内部的資料であるから同条三号にいう文書のいずれにも該当しない。

2. 行政不服審査法三三条二項が、審査請求人に閲覧請求権を与える趣旨は審査手続において請求人に処分庁提出の証拠物件について検討の機会を与え、その防禦を十分尽させるためであるから閲覧請求権は審査手続内における請求人たるの地位に基づく手続上の権利であつて、裁決により審査手続が終了し審査請求人の地位を喪失した後においては右権利の行使ができるものではない。民事訴訟法三一二条二号にいう「閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは文書提出の申立をなす時点で、閲覧請求権を有する場合であることは当然である。したがつて本件文書が同法三一二条二号に該当するとの申立人の主張は失当である。

第四、 当裁判所の判断

民事訴訟法三一三条に基づいて文書提出の申立をなすには、すくなくとも提出を求める文書を特定して文書の内容(文書の記載事項の概略ないし要点)を開示し、また当該文書によつて証明すべき事実を明らかにしてこれをなすべきである。このことは提出を求める文書がいかなる文書で、いかなる事実を立証するために必要であるかを判然とさせるためであり、そうしないと同法三一六条または三一八条の運用も不可能となつてしまうからである。

ところで、本件において原告が提出を求める文書は申立の趣旨一、文書の表示に記載のとおりであるところ、右は一般的概括的であつて提出を求めようとする文書の表示、趣旨を開示したものということはできない。

また、原告が本件文書によつて証すべき事実は、「本件処分の具体的な根拠、理由が不当であること」としていることからみても、文書の趣旨、内容等についてこれを特定しうるものとなすことはできない。すなわち、本件処分の具体的根拠理由が違法であるか否かは、裁判所がなすべき法律的判断であり該判断の資料たるべき事実そのものではなく、従つて本件文書提出の立証趣旨自体判然としないことからも明らかである。もつとも原告は本件文書の作成者、納税義務者、課税年度等が特定されていることにより文書の特定はたりるというのであろうが、右の程度ではいかなる文書を、いかなる事実を立証するために必要とするかは依然として不明であることにかわりない。その他本件弁論の全趣旨によつても本件文書を特定させるにたりる資料はない。

してみると、原告の本件文書提出命令の申立は、同法三一三条にいう方式を備えていないので不適法な申立というべきである。

よつて、本件申立を却下することとし、申立費用については同法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 樋口直)

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